法人をつくって社長ひとりで始めるとき、健康保険は国民健康保険のままでよいのか、それとも会社として社会保険に入るのか。答えは、従業員がゼロでも加入義務があります。ただし役員報酬の決め方ひとつで「加入できない」側に振れる制度であり、業務中のケガでは労災も健康保険も届かない空白が残ります。この記事では、判定・報酬額・手続き・ケガへの備えを順に整理します。
この記事が役立つ方
対象従業員のいないひとり法人の代表者(これから法人化する人を含む)
困りごと社長ひとりでも社会保険に入るのか、役員報酬をいくらにすべきか分からない
読後にできること加入するかの判定と、報酬額の決め方・最初の届出を決められる
この記事のポイント
- 法人は社長ひとりでも健康保険・厚生年金の強制適用。国保・国民年金のままにはできない
- 例外は役員報酬ゼロ。報酬が保険料に満たない場合も加入できないことがある
- 報酬を下げても保険料は下がりきらない。厚生年金は月88,000円が下限で、報酬5万円でも年約26万円
まず結論:法人なら社長ひとりでも加入する
健康保険と厚生年金は、法人の事業所であれば業種を問わず、従業員が5人未満でも強制適用です(健康保険法3条3項2号、厚生年金保険法6条1項2号)。個人事業なら業種と人数で適用が分かれますが、法人にその線引きはありません。従業員がひとりもいない、社長だけの会社でも同じです。
「役員は会社に雇われていないのでは」という疑問はもっともですが、社会保険の扱いは違います。法人の代表者や業務執行者であっても、法人から労務の対償として報酬を受けている人は「法人に使用される者」として被保険者になる、という取扱いが昭和24年の通達(昭和24年7月28日保発74号)から続いています。会社と役員の関係が委任契約であることは、加入しない理由になりません。
したがって、法人化して自分に役員報酬を出した時点で、国民健康保険・国民年金から健康保険・厚生年金へ切り替わります。入るかどうかを選べる制度ではありません。
図1 ひとり社長が社会保険に加入するかの判定
1 法人か法人なら業種・人数を問わず強制適用。個人事業の「5人未満」の線引きはない
→2 報酬があるか労務の対償として役員報酬を受けているか。ゼロなら被保険者にならない
→3 保険料を引けるか報酬から本人負担分を控除できるか。引けない水準は年金事務所の判断
3つとも満たせば加入します。ひとつでも欠けると、国民健康保険・国民年金のままです。
例外は「役員報酬ゼロ」。ここだけは加入できない
強制適用に例外があるとすれば、報酬です。被保険者になる条件が「労務の対償として報酬を受けている」ことなので、役員報酬をゼロに設定している間は、そもそも被保険者になれません。設立初年度に報酬を出さない会社がこれに当たり、社長は国民健康保険・国民年金のままになります。
報酬が極端に少ない場合も、結果は同じになることがあります。社会保険料は報酬から控除して会社が納める仕組みなので、本人負担分すら報酬から引けない水準だと資格取得が認められません。令和8年度の富山県の額で計算すると、本人負担の下限は月10,900円です(健康保険2,781円+子ども・子育て支援金67円+厚生年金8,052円)。役員報酬が月1万円なら、この時点で引ききれません。
ただし「いくらから加入できるか」に一律の基準はなく、管轄の年金事務所の判断です。月5万円といった水準で設計するなら、届出の前に照会しておくと安全です。「報酬を下げて保険料を圧縮する」という提案を受けたときも、加入できる前提が崩れていないかを先に確かめてください。
図2 役員報酬で変わる3つの結果
月0円加入できない。国民健康保険・国民年金のまま。設立初年度に多い形
月1万円程度本人負担分(月10,900円)を引けず、資格取得を認められないことがある
月5万円以上加入する。ただし厚生年金は下限等級のままで、報酬に対する負担は重い
金額は令和8年度・富山県・40歳未満の場合です。境界の判断は管轄の年金事務所によります。
報酬をいくらにするかで、保険料はこう変わる
ひとり社長は、労使折半といっても会社負担分と本人負担分の両方を自分の会社が払います。合計額がそのまま会社から出ていく金額です。令和8年度の富山県の料率で計算すると、次のようになります。
| 役員報酬(月額) | 会社が払う保険料(月額) | 年額の目安 | 報酬に対する割合 |
|---|
| 5万円 | 22,116円 | 約26万円 | 44.2% |
| 10万円 | 27,910円 | 約33万円 | 27.9% |
| 20万円 | 56,960円 | 約68万円 | 28.5% |
| 30万円 | 85,440円 | 約102万円 | 28.5% |
| 50万円 | 142,400円 | 約171万円 | 28.5% |
※協会けんぽ富山支部・40歳未満・賞与なしの前提。健康保険9.59%+子ども・子育て支援金0.23%+厚生年金18.3%+子ども・子育て拠出金0.36%(拠出金は全額会社負担)で計算しています。40歳以上65歳未満は介護保険料率1.62%が加わります。
この表で目を引くのは、報酬を月5万円まで下げても年26万円かかる点です。理由は下限にあります。厚生年金の標準報酬月額は88,000円が第1級で、報酬月額が93,000円未満ならすべて同じ等級です。報酬を5万円にしても3万円にしても、厚生年金保険料は月16,104円のまま動きません。報酬に対する割合で見ると、月20万円以上ではおよそ28.5%で一定なのに、月5万円では44.2%まで跳ね上がります。役員報酬を下げて負担を抑える設計は、社会保険料の面では途中から効かなくなります。
一方で、会社負担分は損金になります。扶養家族は人数に関係なく被扶養者にできるので、家族が国民健康保険料を払っている場合は世帯の負担が減ることもあります。社長個人の手取りだけでなく、世帯単位で比べてください。給与計算で加算する子ども・子育て支援金については子ども・子育て支援金とはで解説しています。
加入の手続きと、国保・国民年金の抜け方
手続きは2つの届出をセットで出します。事業所として社会保険に入るための「新規適用届」と、社長個人が被保険者になる「被保険者資格取得届」です。どちらも事実発生から5日以内で、新規適用届には法人(商業)登記簿謄本を添えます。謄本は提出日からさかのぼって90日以内に発行されたものが必要なので、設立登記が完了してから取得します。
見落としが多いのは、国民健康保険からの脱退です。健康保険に加入しても自動では抜けません。喪失の届出は市区町村の窓口へ自分で出す必要があり、忘れると国保の保険料が請求され続けます。国民年金は厚生年金の記録で切り替わりますが、あわせて確認しておくと確実です。
図3 法人設立から加入までの順序と期限
- 設立登記の完了法人(商業)登記簿謄本を取得する。提出日から90日以内に発行されたもの
- 事実発生から5日以内新規適用届と被保険者資格取得届を年金事務所へ。電子申請・郵送・窓口のいずれか
- 決定通知の到着後健康保険証の受け取り、保険料の口座振替を設定する
- 加入後すみやかに市区町村へ国民健康保険の喪失届を出す。自動では抜けない
入社手続きの期限は入社手続きチェックリストにまとめています。
期限を過ぎても届出は受け付けられますが、加入日は本来の日まで遡ります。数か月放置すれば、その期間の保険料をまとめて納めることになります。
業務中のケガに、労災も健康保険も出ないことがある
ひとり社長にとって、保険料よりも影響が大きいのがこちらです。
まず労災保険。役員は労働者ではないため、対象になりません。中小事業主等の特別加入という道はありますが、これは労働者を常時使用している事業主が対象で、従業員がひとりもいない会社は加入できません。
次に健康保険。健康保険法53条の2は、法人の役員がその役員としての業務に起因して負った傷病には保険給付を行わないと定めています。厚生労働省の事務連絡(平成25年8月14日)は、この「法人の役員としての業務」を「法人の役員がその法人のために行う業務全般を指し、特段その業務範囲を限定的に解釈するものではない」と説明しています。かなり広い意味です。
この原則には、被保険者が5人未満の事業所向けの例外があります。ただし給付の対象になるのは、健康保険法施行規則52条の2で「当該法人における従業員(役員以外の者)が従事する業務と同一であると認められるもの」に限られます。ここでひとり社長は難しい立場に置かれます。従業員がひとりもいない法人には、比べるべき「従業員が従事する業務」が存在しないからです。この場合の扱いは事務連絡にも書かれていないため、実際に給付されるかは保険者(協会けんぽ)の判断になります。
図4 業務中にケガをしたとき、どこが受け止めるか
労災保険役員は労働者ではないため対象外。従業員ゼロだと中小事業主等の特別加入もできない
健康保険役員としての業務に起因する傷病は原則として給付されない(法53条の2)。5人未満の例外も、従業員ゼロだと比較対象がない
特定フリーランス事業業務委託を受けて行う事業なら、労災の特別加入ができる場合がある(2024年11月から)
私生活のケガや業務外の病気は、通常どおり健康保険の対象です。空白が生じるのは業務中の傷病です。
備える手段はあります。2024年11月1日から、労災保険の特別加入に「特定フリーランス事業」が追加されました(労働者災害補償保険法施行規則46条の17第12号)。フリーランス法の特定受託事業者には「法人であって、一の代表者以外に他の役員がなく、かつ、従業員を使用しないもの」が含まれるため、ひとり法人の代表者も対象になり得ます。ただし加入できるのは業務委託を受けて行う事業についてで、自分で店舗を構えて営む商売などは想定されていません。自社が該当するかは、特別加入団体か労働基準監督署で確認してください。該当しない場合は、民間の傷害保険や所得補償保険で埋めることになります。
ひとり社長でよくある2つの分岐
ここまでが原則ですが、次の2つに当てはまる人は扱いが変わります。どちらも期限が短いので、法人化を決めた段階で確認してください。
図5 原則から外れる2つのケース
国保組合に入っていた適用除外承認申請を14日以内に。外れるのは健康保険だけで、厚生年金には加入する
他社でも報酬がある二以上事業所勤務届を10日以内に。報酬を合算して各社で按分する
どちらも期限を過ぎると、後から取り返すのに手間がかかります。
1つ目は、法人化する前に建設国保などの国民健康保険組合に入っていた場合です。「健康保険被保険者適用除外承認申請書」を14日以内に出せば、協会けんぽに代えて国保組合を続けられます。期限を過ぎると協会けんぽへ切り替わり、原則として戻れません。要件と保険料の比較は建設国保は法人成り後も続けられるで整理しています。
2つ目は、会社員を続けながら法人をつくった場合や、他社の役員を兼ねている場合です。両方から報酬を受けていれば「被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を10日以内に出し、報酬を合算したうえで各社の報酬額で按分します。届出を忘れると、後から遡って保険料を計算し直すことになります。
ここは自社だけで判断しないほうがよい
とくに役員報酬の水準は、税金と社会保険料の両方に効くうえ、事業年度の途中では原則として動かせません。決算や登記のスケジュールと一緒に、最初に決めておくべき数字です。
よくある質問
- 役員報酬を月5万円にすれば、社会保険料をかなり抑えられますか?
- 下がりますが、想像ほどは下がりません。厚生年金は標準報酬月額88,000円が下限で、報酬月額93,000円未満はすべて同じ保険料です。令和8年度の富山県の料率では、報酬月額5万円でも会社が払う総額は年約26万円になります。加えて、報酬が低すぎると資格取得自体が認められないことがあるため、水準は年金事務所へ確認してください。
- 従業員を雇わないうちは、労災保険にはまったく入れませんか?
- 中小事業主等の特別加入は労働者を常時使用していることが前提なので加入できません。ただし2024年11月1日から、業務委託を受けて事業を行う特定受託事業者向けの「特定フリーランス事業」が特別加入の対象に加わりました。ひとり法人の代表者も対象になり得ます。自社の事業が該当するかは、特別加入団体か労働基準監督署でご確認ください。
- 設立から数か月経ってしまいました。今から届け出ても大丈夫ですか?
- 届出は受け付けられます。ただし加入日は本来の日まで遡るため、その間の保険料をまとめて納めることになります。放置するほど負担が重くなるので、気づいた時点で出すのが最も有利です。
今日から行う3つのこと
- 役員報酬の額(または予定額)を決め、協会けんぽの保険料額表で会社が1年間に払う総額を出す
- 法人登記簿謄本(発行から90日以内)を取り、新規適用届と被保険者資格取得届を5日以内に出す準備をする
- 業務中のケガへの備えを1つ決める(特別加入の可否を確認するか、民間の保険を検討する)
当事務所のサポート
法人設立に合わせた新規適用と資格取得の届出を、電子申請で代行しています。役員報酬をいくらにすると保険料がどう動くか、国保組合を続けられるか、二以上事業所勤務に当たるかといった判断も、届出の前の段階からご相談いただけます。