「法人にしたら、いまの建設国保はどうなるのか」。一人親方や個人事業で建設業を営む方が、法人成りを考えるときに最初に気になるのがこの点です。結論から言えば、要件を満たして適用除外承認を受ければ、建設国保を続けたまま法人にできます。ただし申請は原則として事実発生日(通常の法人成りでは設立日)から14日以内です。富山県建設国民健康保険組合(建設国保)を例に、手続きの流れ・保険料の変化・協会けんぽとの違いを整理します。
この記事のポイント
- この記事が想定する、40〜64歳で役員報酬を受ける社長は、健康保険の適用除外承認を受けても厚生年金には加入する。
- 新規適用届・厚生年金の資格取得届とあわせ、事実発生日から14日以内に「健康保険被保険者適用除外承認申請」を行う。
- 保険料は上がる。40歳以上の事業主で医療分が月4,800円増(令和8年度)。協会けんぽとどちらが安いかはご家族の人数と報酬額で逆転する。
※この記事の金額は富山県建設国民健康保険組合(令和8年度)のものです。同じ「建設国保」でも組合が異なれば保険料も手続きも変わります。比較例は、特記がない限り本人・配偶者とも40〜64歳、子は16歳未満です。
法人にすると、健康保険はどうなるのか
株式会社などの法人は健康保険と厚生年金の強制適用事業所です。役員報酬を受け、法人との常用的な使用関係がある社長は、従業員がいない会社でも原則として加入対象になります。無報酬の役員しかいない法人は扱いが異なります(加入の判定と保険料の目安は法人のひとり社長の健康保険で整理しています)。
ここに例外があります。法人成り時にすでに建設国保へ加入している事業主・従業員は、国保組合の理事長と厚生労働大臣(窓口は年金事務所)の承認を受ければ、健康保険だけを適用除外にして建設国保を続けられます。法人成り後の新規採用者には、別の適用類型があります。
注意したいのは、健康保険の適用除外承認を受けても厚生年金は外れないことです。この記事が想定する70歳未満で役員報酬を受ける社長には、厚生年金保険料(標準報酬月額・標準賞与額の18.3%、労使折半)が発生します。
図1 法人成りしたあとの2つの道
個人事業のいま健康保険=建設国保
年金=国民年金
→
14日以内に手続きした健康保険=建設国保のまま
年金=厚生年金(加入)
→
手続きしなかった健康保険=協会けんぽ
建設国保は資格喪失
年金=厚生年金(加入)
この図は、40〜64歳で役員報酬を受ける社長の例です。同じ会社に在籍したまま協会けんぽへ加入した後、本人の希望だけで建設国保へ切り替えることは原則できません。
手続きは「事実発生日から14日以内」
法人の初回手続きでは、「新規適用届」「厚生年金保険 被保険者資格取得届」に加え、「健康保険 被保険者適用除外承認申請書」を提出します。日本年金機構の現行様式は、資格取得届と適用除外承認申請書をあわせて印刷・提出する形式です。
ただし、書いてすぐ年金事務所へ出せる書類ではありません。先に国保組合の理事長印をもらう必要があります。窓口は組合の本部ではなく、所属する地域建築組合(支部)です。支部から組合へ回り、確認を経て理事長印が押され、事業所へ返送される――この往復に日数がかかるため、14日はあっという間に埋まります。
図2 事実発生日(通常は設立日)から14日をどう使うか
- 設立日(当日)所属の地域建築組合へ電話する。「法人にするので適用除外の申請をしたい」と伝えれば話が通ります。
- 数日以内地域建築組合から所定様式を受け取り、記入して提出。建設国保側の届出書類も一緒に出します。
- ここで待つ支部から組合へ。組合が確認して理事長印を押し、事業所へ返送。この待ち時間も14日に含まれます。
- 14日以内理事長印のある申請書を、厚生年金の資格取得届・新規適用届・登記事項証明書と一緒に年金事務所へ提出。
- 後日年金事務所から「適用除外承認証」が届いたら、その写しを組合へ提出。これで継続が確定します。
やることを整理すると、事業主の方にお願いするのは「設立日に電話する」「登記事項証明書と労災保険の加入証明を用意する」「返ってきた書類を渡す」の3つです。
14日を超えた場合は、やむを得ない理由を具体的に記した遅延理由書が必要です。日本年金機構は、天災・入院のほか、法人登記、国保組合理事長の証明、郵送などに日数を要した場合も理由として列挙しています。単なる失念は列挙されておらず、認否は日本年金機構が個別に判断します。承認されなければ協会けんぽに加入し、建設国保は資格を失います。
なお、新規適用届と厚生年金の資格取得届は原則「5日以内」が期限です。適用除外の14日とは別なので、地域建築組合と年金事務所の手続きを並行して進めます。
保険料はどう変わるか
ここは誤解されやすいところです。建設国保を続けられたとしても、保険料は同じではありません。建設国保の保険料表は「一人親方等」と「厚生年金適用事業所の事業主/従業員」で区分が分かれており、法人になると区分が変わります。
図3 医療分の月額はこう変わる(40歳以上・令和8年度)
一人親方等
いまの区分14,200円
従業員
法人成り後16,200円
事業主
法人成り後19,000円
富山県建設国保・令和8年度の医療分。社長ご本人は月4,800円、年にすると57,600円の増です。このほかに後期高齢者支援金分4,200円、介護分4,000円(40〜64歳)、子ども・子育て支援金分500円(令和8年4月1日時点で18歳以上)が加わります。
協会けんぽのような「被扶養者は保険料0円」という仕組みはありません。組合員と住民票上同一世帯に属する75歳未満で、他の健康保険に加入していない家族は家族被保険者となり、令和8年度は医療分と後期高齢者支援金分の合計で16歳未満5,300円、16歳以上7,900円が1人ずつ加算されます。月52,000円の納付限度額は、医療分と後期高齢者支援金分の合計だけが対象で、介護分と子ども・子育て支援金分は別途加算されます。
また、建設国保の保険料は原則としてご本人の負担です。協会けんぽのように会社が半分を負担するという法律上の決まりはありません。あわせて、建設国保に加入するには地域建築組合の会員であることが前提になるため、保険料とは別に会費や共済の掛金がかかります。金額は所属する地域建築組合によって異なるので、比較するときは実額を確認してください。
協会けんぽとどちらが安いかは、家族の人数で逆転する
建設国保は「人数×定額」、協会けんぽは「標準報酬月額×保険料率」。仕組みがまったく違うため、どちらが安いかは条件によって入れ替わります。令和8年4月分(5月納付分)以降の富山県では、協会けんぽの料率は健康保険9.59%・介護1.62%(40〜64歳)・子ども・子育て支援金0.23%の合計11.44%で、会社と本人が半分ずつ負担します。
図4 標準報酬月額30万円・本人と配偶者は40〜64歳(令和8年4月分以降・会社負担と本人負担の月額合計)
ご本人だけ建設国保 27,700円
協会けんぽ 34,320円
→ 建設国保が安い
配偶者(40〜64歳)あり建設国保 40,100円
協会けんぽ 34,320円
→ 協会けんぽが安い
配偶者+16歳未満の子2人建設国保 50,700円
協会けんぽ 34,320円
→ 協会けんぽが安い
標準報酬等級で比べると、建設国保が協会けんぽを下回り始める報酬月額は、ご本人のみで25万円以上(標準報酬26万円)、配偶者までなら35万円以上(同36万円)、上の4人家族なら45.5万円以上(同47万円)です。地域建築組合の会費・共済掛金は含みません。
ざっくりした目安としては、「報酬が高く、ご家族が少ない」ほど建設国保が有利、「報酬がそれほど高くなく、ご家族が多い」ほど協会けんぽが有利になります。建設国保の月額保険料は賞与額で増えませんが、厚生年金保険料はどちらの健康保険を選んでも標準賞与額にかかり、賞与支払届も必要です。協会けんぽでは健康保険・介護保険・子ども子育て支援金も標準賞与額にかかります。
お金だけで決めない ― 給付でいちばん違うのは傷病手当金
医療機関の窓口負担は年齢・所得に応じた同じ公的医療保険の枠組みで、40〜64歳の一般的な例では3割です。出産育児一時金は富山県建設国保が1児50万円、協会けんぽは原則50万円ですが、産科医療補償制度の対象外などでは48.8万円です。より大きな違いは、働けなくなったときの所得補償です。
図5 休んだときにいくら出るか
建設国保組合員本人が入院したとき1日8,000円・同じ病気やけがで通算60日まで。家族被保険者、通院だけの療養、労災事故などは対象外です。
協会けんぽ業務外の傷病で労務不能のとき連続3日の待期後、給与を受けられない等の要件を満たせば、入院していなくても支給。日額は原則として直前12か月の平均標準報酬月額÷30×3分の2、期間は通算1年6か月までです。
短期の入院なら建設国保の日額8,000円のほうが手厚くなることもありますが、入院しない長期の療養では差が大きく開きます。建設国保を選ぶ場合は、民間の所得補償保険などで備えておく選択肢もあります。
富山県建設国保にも、健診・人間ドック・予防接種などの保健事業があります。保険料だけでなく、所得補償と保健事業の利用条件も並べて比較してください。
従業員を雇うとどうなるか
適用除外の承認は一人ひとりに対して行われるため、同じ会社の中に建設国保の方と協会けんぽの方が混在することは制度上あり得ます。
適用除外承認を受けた方を使用する事業所では、新しく雇った職人さんも対象になり得ます。前職で協会けんぽに加入していたことだけを理由に対象外にはなりませんが、会社側・本人側の両方が要件を満たす必要があります。本人は富山県内に住民登録があること、県連会員として対象の建設業に従事することが必要です。新規加入時は、すでに県連会員なら70歳以下、県連と同時加入なら64歳以下です。建設国保側の手続きでは労災保険の加入確認書類も求められます。
図6 従業員の保険を決めるとき、会社と本人で損得が逆になる
会社から見ると法定の折半負担はない建設国保には会社の法定保険料負担がありません。任意の補助・手当を設けない場合、健康保険についての会社負担は0円です。協会けんぽでは40〜64歳の場合、会社が標準報酬月額等の5.72%を負担します。
本人から見ると協会けんぽが有利なことが多い標準報酬月額30万円・40〜64歳・独身の従業員なら、建設国保24,900円に対し協会けんぽの本人負担は17,160円。差は月7,740円です。
加入先は本人の希望だけで自由に選べるものではなく、組合加入と適用除外の要件で決まります。採用時には本人負担額を示し、必要に応じて会社の補助・手当もあわせて設計してください。
切替は一方通行になりやすい。14日以内に比較する
同じ適用事業所に在籍したまま協会けんぽへ加入した方が、本人の希望だけで建設国保へ切り替えることは原則できません。一方、建設国保から協会けんぽへの切替にも、国保組合の脱退と協会けんぽの資格取得手続きが必要です。退職後に適用除外承認者がいる別事業所へ採用されるなど、新たな事実が別の適用類型に当たる場合は改めて判断されます。
したがって、法人成りが決まったら事実発生日から14日以内に地域建築組合へ連絡し、役員報酬・家族構成・給付内容を比較して継続するかを決めます。「とりあえず承認だけ取る」のではなく、申請要件と本人・会社の負担を同時に確認するのが安全です。
ここは自社だけで判断しないほうがよい
- 役員報酬をいくらにするか間違えると:建設国保と協会けんぽの有利不利が入れ替わる分岐点をまたいでしまい、毎月の負担が想定と数千円〜1万円単位でずれます。厚生年金の保険料や将来の年金額にも直結します。
- 配偶者を役員にするかどうか間違えると:配偶者が厚生年金の加入対象となり、適用除外承認を受けて建設国保を続ける場合は「家族」から「組合員」への手続きが必要です。協会けんぽの出産手当金は、たとえば平均標準報酬月額30万円・単胎・予定日出産・98日全休無給なら約65.3万円ですが、実額は報酬と休業日数、給与支給状況で変わります。
- 従業員をどちらの保険にするか間違えると:会社の負担は軽くなる一方でご本人の手取りが減るため、説明が足りないと信頼を損ないます。採用時の労働条件の書き方にも関わります。
- 労災保険の特別加入区分間違えると:法人成りだけで一人親方等から中小事業主等へ自動的に変わるわけではありません。原則として、労働者を使用する日数が年間100日以上か未満かで対象区分が分かれます。実態が変わる前に、加入団体・労働保険事務組合へ確認します。
- 14日の逆算間違えると:登記や理事長証明、郵送に時間を要した場合は遅延理由として列挙されていますが、遅延理由書と個別審査が必要です。最初から理事長印をもらう往復の日数まで見込んで動きます。
よくある質問
- 設立日から14日を過ぎてしまいました。もう無理でしょうか。
- 14日を超えた場合は、やむを得ない理由を具体的に記した遅延理由書が必要です。日本年金機構は、天災や入院のほか、法人登記、国保組合理事長の証明、郵送などに日数を要した場合も理由として列挙しています。単なる失念は列挙されておらず、認否は日本年金機構が個別に判断します。まず所属の地域建築組合と管轄の年金事務所へ事情を伝えてください。
- 前の会社で協会けんぽだった職人を採用します。建設国保に入れられますか。
- 前職で協会けんぽに加入していたことだけを理由に対象外にはなりません。ただし、適用除外承認を受けた方を使用する事業所への新規採用であることなど、会社側の要件もあります。本人が富山県内在住・対象職種・年齢等の加入要件を満たし、国保組合理事長の認定を受けたうえで、採用日から14日以内に適用除外を申請します。採用決定時に地域建築組合へ確認してください。
- 妻を役員にして役員報酬を出す予定です。保険はどうなりますか。
- 配偶者が厚生年金の加入対象となり、適用除外承認を受けて建設国保を続ける場合、富山県建設国保では家族被保険者から組合員への加入手続きが必要です。組合員とならない場合は協会けんぽに加入し、建設国保を脱退します。適用除外は一人ずつの承認なので、夫は建設国保・妻は協会けんぽという組み合わせも可能です。出産手当金の有無も含め、報酬額と勤務実態に沿って比較します。
- いったん協会けんぽに入ってから、やっぱり建設国保に戻ることはできますか。
- 同じ適用事業所に在籍したまま、本人の希望だけで協会けんぽから建設国保へ切り替えることは原則できません。ただし、退職後に適用除外承認者がいる別事業所へ新たに採用されるなど、別の適用類型に該当すれば改めて判断されます。法人成り時は、事実発生日から14日以内に地域建築組合へ連絡し、継続するかを比較して決めてください。
- 保険料や組合費に未納があると、手続きに影響しますか。
- 影響することがあります。適用除外の承認にあたっては、国保組合の理事長が「組合の事業の運営において将来にわたり必要とされる方」と認めることが要件とされており、保険料の納付状況などを確認したうえで判断されます。心当たりがある場合は、手続きを始める前に整理しておくのが確実です。
当事務所のサポート
法人成りの社会保険手続きは、期限が短いわりに関係する窓口が多く、順番を間違えると取り返しがつきません。当事務所では、適用除外承認の申請から新規適用届・資格取得届までの一連の手続き、役員報酬に応じた保険料の試算、従業員の方への説明資料の準備までお引き受けしています。労災の特別加入の切り替えや給与計算での控除設定も、あわせてご相談ください。
「法人にしたいが、保険がどうなるか分からない」という段階でかまいません。設立日が決まる前にご相談いただけると、無理のない段取りが組めます。まずはお気軽にお問い合わせください。